金森宗和
金森宗和
金森長近(法印)
後水尾天皇
宗和流
『金森茶道故実』
宗和好み
『槐記』
仁清
仁清
引用・参考文献
平成十七年十一月二十六日 執筆 M. Ueno, S.Taniguchi
『石州三百箇条』によると、徳川秀忠に茶を差し上げるとき、初めて「待合」を作ったという。(図説茶道体系)
茶道具では竹の窓なし花入れ・尺八花入れ・木の法師花入れ・瓢の斎藤別当花入れ・宗和棚・宗和袋棚・
青竹茶杓・二重揉め茶杓・宗和食椀・八角釜・宗和手水鉢(ちょうずばち)・宗和足膳などがある。
持ち手をはさんで蓋が二つに分かれるという機能性は、宗和のアイデアだといわれる。
本膳料理は、日本料理の正式なお膳立てで、現在の日本料理の形式や作法上の基本となるもの。
宗和流本膳は、飛騨高山第二代藩主金森可重の長男で茶道宗和流の始祖である金森宗和が、
好みと形を江戸時代初期に生み出し今に伝わる本膳料理。器は、宗和好みと呼ぶ黒塗りの四つ椀形式、
膳も黒塗りのいわゆる宗和膳を用いる。かつて高山の中流以上の家庭には必ず宗和流の膳・椀が備えられ、
慶弔ともなると一週間も続く宴席を行った。
祖父が利休の弟子だったため、宗和も利休を崇拝していたらしい。宇治の茶の木に彫刻したと言われる。京都市天寧寺蔵。
(『図説茶道体系;7』p114)
宗和が天寧寺に寄進した五色の茶器のひとつ。3個の低い足がついている。牡丹の花の文様が浮き出し、気品がある。
蓋は黒の塗り物。京都市天寧寺蔵。(『図説茶道体系;7』p111)
宗和が天寧寺に寄進した五色の茶器のひとつ。竹の節の美を生かし、二重に切っている。
京都市天寧寺蔵。
(『図説茶道体系;7』p111)
宗和作。近衛家に伝わる。エピソード集参照。
(『図説茶道体系;3』p237)
二重切りと一重切りで、竹の節目を違えずに切ってあるかどうかで他と区別したらしい。
竹を逆さまに切って、根の方が上になったもの。やはり二重切りと一重切りがある。
→花入れの出典:『槐記』(『図説茶道体系;7』p106)
瀬戸、美濃の陶窯で用いる白色不透明のなだれ釉(ぐすり)。なだれ釉とは釉薬が流れて景を残したもので、その先端を露と呼ぶ。
(『原色茶道大辞典』p101)
また宗和は、院愛蔵の定家筆の和歌懐紙の下書きに表具を施したが、これは堂上公家の茶会で床の掛け物と
して珍重された。
→出典:応山から宗和に宛てた書状より、『中村直勝博士蒐集古文書』所収(『図説茶道体系;7』p102-103)
→出典:『槐記』(『図説茶道体系;7』p104)
→出典:『槐記』(『図説茶道体系;7』p102-103)
※加藤越中守…主計頭清正か?
→出典:京都の大工頭・中井定覚(じょうかく)が、常修院(後陽成天皇皇子)に語った昔話による (『図説茶道体系;7』p104)
→出典:宗和の書状より(『中村直勝博士蒐集古文書』所収)
(『図説茶道体系;7』p105)