『金森宗和茶書』に見る懐石料理
1.『宗和献立』に見る茶会の料理
金森宗和の茶会記を記したものとして、写本の状態がよく信用に値するとされる『宗和献立』がある。
その中から主に承応3年(1654年)から承応4年(1655年)にかけての冬の茶会を取り上げ、献立を分析してみたい。
2.宗和の茶会料理の特徴
利休の死後、茶の流れは彼を継承する道安・少庵・宗旦ら侘び茶と、茶はもちろんのこと酒宴にも重きを置く
石州・遠州ら大名茶の二派に分かれた。大名出身である宗和も、侘び茶の一汁三菜料理とは異なり、それ以前の
室町時代の本膳料理(祝いごとなど饗宴用の正式な料理、三汁七菜)を思わせる数寄大名的な献立を好んでいると
言える。
ここで比較のため例として少庵の1609年5月の献立を挙げる。
上に挙げた宗和の茶会よりも食材の豊富な初夏にもかかわらず、一汁二菜と非常に質素な献立であることが分かる。
以下に、宗和の懐石で多用される食材とその調理例を挙げてみる。
また宗和に限らずこの時代の懐石に関する一般的な指摘として、菓子にあまり甘味を求めないことが挙げられる。
『十三冊本宗和流茶湯伝書』には、料理のあつらえ方、食べ方、出し方、避けるべきことについてまで、
宗和の言と伝えられる注意事項が述べられている。
など、こまかな注意が挙げられている点も、大きな特徴と言える。
以下に、文献@より料理に関する記述を引用する。
3.引用・参考文献
平成十八年十二月二十三日 執筆 M. Ueno.
*左は原文、右は現代語訳。下線の用語は不明のもの。
小ふなのひらきやきて、かしゆうにしめてありまほんニ、あとより餅いつる
(小鮒を開いて焼き、かしゆう煮しめたものをありま盆に載せ、後から餅を出す。)
このように一回の膳にバリエーション豊かな献立を組み、多くの品数を揃え、魚や鳥といった贅沢な食材を
ふんだんに使う大名茶の献立は、元禄時代に入ると商売で儲けた新興商人らの茶会に引き継がれる。
餅菓子(栗の粉の餅・粽など)や果物(栗・梨・瓜など)といった菓子らしい食物よりも、むしろ
くわい・大根・茸・干海老・わかめなどの煮物という、現在では菓子とは考え難い献立が多く登場する。
砂糖が貴重品であったという時代背景もあるが、当時は軽い食材を甘辛く煮つけた物も菓子の一種と見なして
いたのではないだろうか。
[金2書込 薄キ盆ノ時ハ、不残様ニ可仕事。縁在之、かさねても粉付不申盆ハ、きれいに喰残シても不苦か。]
注:貴人御出御挨拶有ニ、二番座之者
注:カサ其外ノ器ツミ重而仕廻フ事
注:茶菓子盆、我前ニナラベ置事。
注:食ヲ早ク喰明しハ、食鉢持タル様ニテ見苦心得スベシ
[茶ノ湯料理ハ、軽クツモリテ、勝手ニ拵ル物故、大食ハ不仕付(しつけざる)也]
[一 食鉢ノ内ニ食有トモ、一篇廻り下座ノ方ニ在之ハ、其儘勝手へ遣シテ能也]
[一 取肴・香ノ物等、初ニ取入タル器物ニ入ル也。脇ノ器物ヘ入替ルハ悪キ也]
[器物能程ニ通(かよい)の者、取能程ニ重ネ置テモ不苦也。食椀等、重ネ上ケタルハアシゝ。]
[イタゝキ申事ハ常ノ事也。]
注:酒ノ酌等
注:箸ハ食喰候ト膳ノ内ヘ落シ入置候也。懸テモ不苦カ
[金2付箋 山桝ハ不喰と懐中すへし。塩ハ喰テモ其儘置テモ勝手次第。]
[金2付箋 朱書 山桝中の事。宗和自筆ノ物ニ有。]
[一 膳ニ箸筋カへテ入置候事、如形無用也。]
注:汁等添タル菓子ナラバ