異邦人が見た茶道−茶の湯・キリスト教・宣教師−
1.はじめに
2.ルイス・フロイス
3.アレッサンドロ・ヴァリニャーノ
4.ルイス・デ・アルメイダ
5.ジョアン・ロドリゲス
ロドリゲスは数寄を以下のように説明する
6.結語
7.註
平成廿年十一月一日 執筆 Y. Wakazawa.
石田光成がこの件に当たったが、被害者たちの親族を捕らえ財産の没収を行った。これは極めて理不尽な行為であるが、加害者・被害者が共にキリシタンであったことが原因であるようだ。ちなみに、この茶会に参加していたのは、希少な茶道具を有していることで有名な日比屋一族の関係者であり、秀吉が事件を口実に茶道具を手に入れようとしていたということも考えられる。
日比屋一族は前述のように茶人としても有名であり、天正3年(1575年)に日比屋宗札が行った茶会では、玉カンのお枯れ木の絵を披露しており、フロイスはこれを一万クルザードの価値があると記述している。宗札はジョインの茶会で唯一生き残った客人であったが、光成によって処刑を命じられる。高山右近は、秀吉を招いた茶会で利休とともに嘆願を願い出たが、拒絶され結局磔刑に処されてしまう。
またフロイスは、『日本総論』の中で、「茶の湯の道具の起源、及びその価値と尊重について」という章を設けたとされているが、散逸して現在確認することはできない。
玄関、茶の湯および座敷は…まったく日本式に整えられる必要がある。なぜならば、日本式に整えられた座敷がないばかりに、…迎えられた客人にとっても、大変無礼無作法が行われるからである。
日本の富貴なる人の間には大切な客のある時、友情を表すため所有する数寄道具を示す習慣がある。これらの道具は…日本の宝玉である。そしてこのような道具を知り、売買の斡旋をする人がある。
この植物(茶)の質ははなはだよく、一斤が九ないしは十クルザードの値もあるものもある。
茶の湯を行う場所は、饗応以外はいることのない一種の家で、その清潔なことは一見驚くほどである。…たとえ千人で食事をしても、給仕は一語を発することもなく、その秩序が整然としていることは驚くべきことである。
都の一人の大身は、茶の粉末を入れる小さい碗の大きさの土器を所有している。…この種の器…は多数あり常に売買されている。
数寄とよばれるこの新しい茶の湯の様式は、有名で富裕な堺の都市に始まった。…東山殿の古い様式を部分的に改めて、…現在流行している数寄と呼ばれる別の様式を作りあげた。数寄ということばは動詞の「すく」という言葉から出たもので、ほしがる、愛着をもつ、また、気に入ったものに心を寄せるという意味である。