ろごすのたわごと
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一方で、夜の茶席の場合は一転して開口部は意匠としてのみ存在し、照明は和蝋燭や短檠が取って代わる。
照明として蝋燭がほとんど使われなくなった現代では、茶席にも電気照明が設置されることが多くなった。
然し、茶席の空間を演出するのに適した照明というのにはなかなかお目にかかったことがないように感じられる。
では、茶席の空間に最も適した照明とはどのようなものだろう?
伝統的な茶席の照明状況が最も良いと考えるならば、昼は障子から昼の茶席の太陽光と同じ照度、同じ色の採光を目指せば良いし、夜は蝋燭による照明に近い状況を目指せばよいと考えられる。
また一方で、日光と蝋燭、短檠くらいしか照明がなかった昔と違い、技術の発展により様々な照明方法が開発されている現代では、伝統的な照明以上に茶席の雰囲気の演出に相応しい照明があるのではないか。また、昼の茶席でも採光と障子の意匠を分けて提示できるのではないか、という可能性も考えられる。
茶室という空間は、茶事で使うことに極めて限定して演出する空間である。この茶席の照明を考える上で、一言で「良い茶席の雰囲気」と言っても、様々な次元が混在している。大きなポイントとしては、「空間の雰囲気」「床の間(掛軸)の見え方」「茶碗や道具の見え方」「人や点前の見え方」が挙げられる。
この中で、床の間については、落し掛けの内側に別途照明を設置する等、別の照明システムを組むことが考えられる。これも多少は影響するが、その他の次元については、より同一の照明システムとして成立させることを考えなければならない。
実際の茶席の照明を考えてみる。現代の茶席で最も一般的な照明がペンダント照明と思われる。大きな和紙張りのペンダントによる照明は、均一な採光が取れ、しかも大きな球面での拡散光となるため、クッキリした影ができにくい。一方で、大きいとは言え光源が一か所なので、反対面は影になってしまい、手暗がりになり易い。また、均一な光故に、殊に広間では壁や部屋全体が平坦な雰囲気になってしまう。伝統的な茶席では、日光も障子面から横から差して徐々に輝度が減衰しているし、また、蝋燭灯りでも方向は違うが輝度の減衰については似ていると言えるが、壁面や畳に横から差している光と、正面から差している光で見えが変わると思われる。他に、大きなペンダントが下っていることにより、天井面の見えが悪くなり、また、大きな物体が下っていること自体、邪魔な感じがする。ペンダント自体を小さくすると光源が眩しくなり、影も強くなってしまう。
では、ダウンライトとして天井面に埋め込んでしまってはどうだろう?
一箇所で部屋全体の照度を取るダウンライトを設置したならば、光源を眩しく感じてしまい、点光源なので影も強く出てしまう。
これを改善する為に光源を増やしていけば其々の照度は減らせるが、多くの光点があることが煩く感じられる。其々の光源からの光の角度を狭めれば見える光源も減らせるが、光が上から下への一方向でしか入らないため、顔や物の下面に影が出ることになってしまう。これは人や物を見る環境としては好ましくない。
蝋燭による照明を考えると、小さな点光源であるにも関わらず、炎を見ていても眩しいと感じず、また、そこに照明がある事自体に違和感がないため、反則と言える程、雰囲気を損なわない照明と言える。もし同じ光量、同じ色の照明をそこに置いたとしたら、かなり眩しく感じ、茶席では違和感のある存在となるだろう。蝋燭の光が同じ明るさ、色の光源に比べて眩しく見えない要因については更に検討の余地があるように思う。また、その炎の揺らめきも雰囲気を形成するのに役立っているかもしれない。
ダウンライト照明では壁面が暗かったり、畳面に輝度差が出ると空間自体が暗く感じられるが、蝋燭照明ではそれが感じられない。視界の中で輝度差があり、暗い面が多いほど、空間として暗く感じられるようである。また、手燭や燭台など、その設置する位置は古来から研究されてきたと思うが、人の輪の中に照明があるため、人の顔や茶道具等の見る対照が明るく照らされるため、壁がある程度暗くても注意が向かないことも要因として考えられる。
然し、そんな万能な蝋燭でも、手元の茶道具を見るには暗過ぎること、雰囲気は良いが物を見るには演色が悪い、扱いにくさや火の危険性、費用的に高価であること等の問題もある。
こうしたことをまとめると、茶席にとって良い照明というと、下記のような条件が挙げられると思う。
@ 直接光源が見えない。見える場所に置くならば、雰囲気に不自然ではなく、また、眩しくない。
A 部屋及び物の輝度変化がゆるやかであり、激しい輝度差がない。
B 人の顔、茶道具等クローズアップしたい場所がより明るい。換言するならば、部屋全体の明るさは重心が視線より下くらいが良い。また、中央を向いて座っている内側の方が、外側よりも明るい方が良い。また、点前や道具を見る際の手元等は明るい方が良い。
C 壁面や畳面にはできれば正面からではなく、横から舐めるような光が当たる方が望ましい。
AとBを実現するためには、茶席の中央寄りに光源を置かなければならず、そうすると@の条件をみたせなくなってしまう。この為、ベース照明で部屋全体を輝度差が少なく、また目線より下側くらいに重心が来るように照らし、その上で補助照明で点前や手元を照らすよう、複合して照明を考える必要があると思われる。
また一方で、茶席の中央に置く照明が最も効果的であることから、蝋燭のように茶席の中にあっても「違和感がなく」見える照明機器を考えるのも一案と思う。
掛軸の照明については、基本的に軸の本紙の中心に照明が来て輝度差が少ないのが望ましいが、掛花入や置花入にスポットとして照明を当てたりするのも考えられるので、それぞれの状況でいろいろな演出ができると望ましい。また、軸の部分のみにピッタリ合せて照明を当てることができれば面白いかもしれない。
最後に、照明の色について考えてみると、ポイントは道具の鑑賞の際の演色性になる。作品によって良いコンディションは違ってくると思うが、これについては茶道具が歴史的に自然光で鑑賞されてきたことから、太陽光に近い光で見るのが最も相応しいと思われる。太陽光の中でも、その日のコンディションによって天空光の色、昼の日光の色、夕方の日光の色等、変化が出せると様々な演出に対応できると思う。
LEDの登場など、照明技術の進歩もめざましい昨今、茶席照明についても新たな演出が可能となることを期待したい。
輝度差の大きいダウンライト照明
輝度差を少なくしたダウライト照明
恐惶謹言
そこでふと思いついたのですが、親戚の所に毎回カッコいい名前の品物を持って行けば、カッコいい呼び名で呼んでもらえるのではないでしょうか。
「ザッハトルテのおじさん」とか、「ゴルゴンゾーラのおじさん」、「タイガーバームのお兄さん」なんていうのもカッコいいかもしれません。可愛い系だと「ショコラのお姉さん」とか。
子供に変なアダ名で呼ばれて困っている方は、是非試してみて下さい!!
恐惶謹言
何気なく「黄金虫は金持ちだ〜」と童謡を口ずさんでいたところ、ふと歌の意味が気になりました。
黄金虫が金持ちで蔵を立てた、というストーリー、どこにオチがあるのだろう?
ネットを駆使して調べてみたところ、歌詞には続きがありました。
黄金虫 野口雨情黄金虫は金持ちだ
金蔵建てた蔵建てた
飴屋で水飴買つて来た黄金虫は金持ちだ
金蔵建てた蔵建てた
子供に水飴 なめさせた
調べてみると、この黄金虫、コガネムシのことではなくゴキブリのことだ、との説もあるようです。
野口雨情の出身地茨城ではゴキブリのことを黄金虫と言い、卵の形がガマグチに似ていること、昔は裕福な家にしかゴキブリが居なかったことから金持ちの発想になったのではないか、との話でした。
また、ゴキブリの名称は、食器をかじることから「呉器かぶり」「呉器かじり」が語源であり、明治以後に図鑑の誤植で「か」が抜けたのがそのまま広まったとのこと。
呉器を日常食器として使っていたってどんな家なんでしょう(^^;;;
いろいろ豆知識は増えましたが、結局水飴まで登場しても、ストーリーのオチが理解できない黄金虫の歌でした。
恐惶謹言
さて、先月、最近よく行くバーで、Y氏より「放射線で死ぬ人より、肥満で死ぬ人の方がよほど多い。肥満の方が怖い。」との話を聞き、私も何か対策を講じなければ、との思いに駆られました。
Y氏は午後9時以後の酒と食べ物を断ったところ効果があったとのこと。その日もバーでは「ブラックローズ」なるものを注文していました。中身を聞くと、黒酢のロックだそうで(笑)
そこで私も一念発起し、減量に向けての取り組みを始めることとしました。
ただし、酒の量は減らしたくない、運動は疲れるからやりたくない、継続しなければ意味がない、との前提条件を勘案して下記の内容としました。
実施して早1ヵ月、目に見えた効果は見られなかった。
そこで上記は解禁し、前提条件を変えて運動の方向で試みてみることにしました。
継続できるかが最大の難点です。
そんなわけで、ビール復活に完敗・・・ならぬ、乾杯♪
恐惶謹言
小さい頃は、本当にお茶の人が祖母の家にいらっしゃるのが楽しくて、お酒も隠れて頂いたりしながら自然にお茶に入っていた。
しばらくブランクが空いて、大学から宗和流を習い始め、その頃から堀先生の影響で道具にも興味を持ち始めた。
茶道の本を読むのも楽しかった。小田栄一先生、林屋晴三先生、熊倉功先生、また遠州流茶道宗家の小堀宗慶宗匠の本も拝読した。講演会も聞きに行った。
大学の茶道部のご縁で、小田栄一氏にはいろいろなところに連れて行って頂き、ご趣味の幅の広さに驚かされた。
また、職場では吉岡庸治先生にも大変優しくして頂いた。
こうした方々と実際にお目にかかれる機会を頂けたのは大変幸せなことだなぁ、と改めて思う。
茶道界に貢献して来られた方々に感謝するとともに、紅心宗慶宗匠のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
合掌。
茶道のひとつ時代が終わって行くのを感じます。
恐惶謹言
そして先日、久々に行った東中野の銭湯の張り紙。
確かに、長期間風呂に入らない人は不衛生かもしれませんが、野良犬のように保健所で処分されてしまうとは、怖い風呂屋ですね((((;゜Д゜)))ガクガクブルブル
お茶ではまだ炉の時期ですが、フロのお話でした(笑)
恐惶謹言
さて、例年我が家では、元日に深大寺にお参りし、湧水を汲んで来て御茶の点て初めをしています。
今年も例年の如く、タンクを持参で深大寺に行ったところ、湧水のところに「断水」の文字。
湧水が「断水」って!?・・・と思いつつ、神社の他の湧水ポイントに行ったのですが、やはり「断水」とのこと。
ポンプが壊れたとかでしょうか???
仕方がなく、裏を流れている小川の水を汲んで来ることにしました。
水を汲んでいると、通りがかりのおじさんに「ここの水は飲めないよ〜」と言われましたが、まぁ、沸騰させれば大丈夫だろう、
とのことで、家に帰って早速点茶。
深大寺のご加護か、連日のアルコール消毒のおかげか、誰もお腹も壊さずに三箇日を過ごす事が出来ました。
早く湧水復活してほしいものです。
今年が良い年になりますよう!!
恐惶謹言